柳井正ってどんな人?ユニクロやGU経営者の経歴や噂

柳井正ってどんな人?ユニクロやGU経営者の経歴や噂

柳井正ってどんな人?ユニクロやGU経営者の経歴や噂

 

今回はユニクロやGUの経営者である柳井正さんがどんな人なのか調べてみました!立場がその人を育てるっていうことが分かったような気がします。
 
 
 

柳井正(やないただし)とは

 
日本の実業家であり、ユニクロを中心とした企業グループ「ファーストリテイリング」代表取締役会長兼社長です。この他にもジーユー取締役会長、ソフトバンクグループの社外取締役に就任。2004年には第6回起業家大賞、2018年には企業レジェンド大賞を受賞。

フォーブスが発表している世界長者番付では、2009年「日本の富豪40人」では、総資産およそ61億ドル(当時約5700億円)で日本人首位。

2011年 推定資産およそ76億ドル(現在のレートで約8436億円)で世界ランク122位の日本ランク2位
2012年 推定資産およそ100億ドル(現在のレート約1兆1100億円)で世界ランク88位の日本ランク1位
2013年 推定資産およそ133億ドル(現在のレート約1兆4763億円)で世界ランク66位の日本ランク1位
2014年 推定資産およそ179億ドル(現在のレート約1兆9869億円)で世界ランク45位の日本ランク2位
2015年 推定資産およそ202億ドル(現在のレート約2兆2422億円)で世界ランク41位の日本ランク1位

 


 
 
 

柳井正プロフィール

 

名前 柳井正(やないただし)
誕生日 1949年(昭和24年)2月7日
出生地 日本 山口県宇部市中央町
国籍 日本
家族構成 妻、息子2人。柳井さんは3人兄弟で姉と妹がいる
趣味 ゴルフ、読書

 
 
 

柳井正年表

 

1971年  ジャスコ入社するも9ヶ月で退社
1972年  父が経営する小郡商事(現ファーストリテイリング)に 入社
     取締役就任
1984年  取締役社長就任
     「ユニクロ」1号店を広島県広島市内に出店
1991年  小郡商事からファーストリテイリングに社名変更
1999年  ファーストリテイリングが東証一部に指定
2001年  ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)取締役就任
     イギリスロンドンにユニクロ海外初出店
2002年  ファーストリテイリング代表取締役会長就任
2005年  ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長就任
     ユニクロ代表取締役会長兼社長就任
2006年  低価格衣料販売店「ジーユー」を設立
2008年  GOVリテイリング(現ジーユー) 取締役会長就任
2009年  日本ベンチャーキャピタル取締役就任
2011年  リンク・セオリー・ジャパン取締役就任
 
 
 

早稲田大学政治経済学部卒業後、ジャスコに就職するもすぐに退社

柳井正は、学生のときは本ばかり読んでいて、商売人どころか仕事しないで一生暮らせる方法はないかと考えていた。

早稲田大学政治経済学部を卒業してからパチンコをしたり麻雀をしたりしてフラフラしていた柳井さんでしたが、父である柳井等に勧められて1971年にジャスコに入社。ジャスコで家庭雑貨売り場で働くも、こんなことしていて良いのかな、と思って働くのが嫌になり、わずか9ヶ月でジャスコを退社。
 
 
 

父が代表を務める小郡商事に入社

ジャスコを退社してからしばらくは友人の家に居候していたが、24歳のときに父が経営する小郡商事(現ファーストリテイリング)に入社。

小郡商事はもともと柳井正さんの叔父である柳井政雄が経営していた会社であったが、徴兵から帰ってきた柳井正の父である柳井等が、小郡商事の繊維・洋服部門を任されたため、紳士服小売りの「メンズショップ小郡商事」を立ち上げた。これがファーストリテイリングの前身となる小郡商事株式会社である。

父の柳井等は、地元のヤクザとも親密な関係があったということで有名。
 
 
 

7人中6人の従業員が辞めてしまった

小郡商事で働いていた7人の従業員のうち、6人が辞めてしまった。辞めた理由を柳井正はこう語っている。

「僕がいろいろ言いすぎたからだと思う。僕は、内向的なんだけど、いいたいことはズバッという性格で。最悪だよね。世間知らずの、しかも大学を卒業してジャスコ(現在のイオン)をわずか9カ月でやめて山口に帰ってきた、23~24歳の若造が何をいうんだ、と思ったんじゃないかな。」と。

そして、仕入れ、販売、経理、人事など全て自分でやらないといけない状況になり、ここで経営者の自覚が芽生えてきたそう。最初は経営なんて無理だと思っていたが、やってみると案外楽しいと思った。
 
 
 

カジュアル衣料で全国展開を目指す

柳井正は、日常的に着れるようなカジュアルで安価な衣料品の販売に着目した。良いモノを安価で提供することができれば、品物は必ず売れると考えたため、カジュアル衣料の販売店を全国展開したいと考えた。

1984年には父の後を継いで小郡商事社長に就任し、「ユニーク・クロージング・ウエアハウス(Unique Clothing Warehouse、略称ユニ・クロ)」の第一号店を広島県広島市に出店。その後、中国地方を中心に拡大。
 
 
 

バブル崩壊してもユニクロは強かった

日本のバブルが崩壊して不景気が続いたものの、ユニクロは格安のダウンやフリース、ヒートテックなどの機能性商品を開発し、不況時にもヒット商品を開発し続けた。不景気だからこそ、安くてもセンスの良いユニクロの商品は売れていった。
 
 
 

海外進出に積極的で、海外で売れる商品を作った

積極的に海外進出をし、2001年以降イギリス、中国、韓国、アメリカ、フランス、ロシア、タイなどの出店。ユニクロ事業全体の売上のおよそ45%は海外店舗の売上である。

また、アメリカの「セオリー」、フランスの「コントワー・デ・コトニエ」、フランスの下着「プリンセス タム・タム」、アメリカのジーンズ「Jブランド」など海外ブランドを次々と買収し、海外事業を拡大していく。
 
 
 

ユニクロはブラック企業を脱却

ユニクロは業務内容がきつくて離職率が高い企業として有名だった。社員の離職率は3年で5割、5年で8割と言われ、ブラック企業だと世間からやり玉にあげられていた。しかし、最近ではようやく離職率も下がり、以前よりは働きやすい職場が出来てきたと言われるようになった。

柳井正にとって最もつらいことは、社員に辞められることだそう。経営者として自分は失格なんじゃないかと悩むのだとか。だからこそ働き方を変えていこうと思ったのかもしれませんが、実際働きやすい環境が整っているのかは疑問と言われることも多いです。
 
 
 
 

柳井正さんの人柄が分かるエピソード

 

 

1.学生時代は無気力な学生でパチンコや麻雀ばかりしていて、夢もなく、仕事しないで一生暮らせる方法がないかを考えていた。就職活動もまともにせず、仕事をしようという気持ちが全然なかった。
 
 

2.友達は少なく、常に寝ていることから「寝太郎」と呼ばれていた。
 
 

3.尖閣諸島問題で中国で半日デモが行われていたとき、中国のユニクロのショウーウィンドウに『尖閣諸島は中国の領土です』と貼り紙がされていたことから在日中国人ではないかという噂もある。中国からそういう対応を指示されたらしいですが。
 
 

4.社員の8割を中国・韓国などの外国人にするという発言をして在日だと考えられている。
 
 

5.代々木上原に敷地面積約2600坪、外壁の高さ約3.5メートルの大豪邸を持っている。中にはゴルフ練習場やテニス場があり、またお手伝いさんの為の離れもあるらしい。 土地代推定85億円、建物と合わせて地元では100億円御殿と呼ばれている。
 
 

6.ハワイのマウイ島に別荘を所有。マウイ島のゴルフ場も2か所買収してゴルフを楽しんでいる。
 
 

7.会食が嫌いで夜ご飯はほぼ自宅で妻の手料理を食べる。
 
 

8.心はいつも折れそう。もともと内向的で、経営者に向いてない性格なのでメンタルもそんなに強くはない。
 
 

9.お酒が飲めない
 
 

10.人から信用されることが大切だと考えている。意見をころころ変えず、一貫して実践することが大事だと考えている。時間に遅れる人も大嫌い。
 
 
 
 
 
 


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